先日読んだ“狼の王子”に“悪魔的な魅力を持つ男”というワードが出てくるのだが、それをなんとなく考えていたらひとつ思い出したことがあるので書いてみる。
“悪魔的な魅力”というにはオーバーな感じだが、近しい人物・現象をみたことがある。
それはわたしの職場近くで観察・目撃したことだ。職場近くの民家にある夫婦(子供一人)が引っ越してきたのであるが、その奥様がわたし的に非常に美しいと思ったのである。ファション誌から抜け出してきたような美しさみたいなね。プロポーションは抜群で顔も一級な感じだった。わたしは女性全般が可愛らしく美しくみえるいわゆるストライクゾーンがひろい感じなのだが、この女性はその中でも上位にくる感じなのであった。
わたしの判断だけではなく、これは彼女の取り巻きを見ても明らかで、引っ越し直後から子供のつながりで大量のママ友が彼女の家を出入りしていた。時には10人くらいが押し寄せてきていた。これが“悪魔的な魅力”とまではいかないかもしれないが、わたしが観察・目撃した近しい現象である。
その後の観察は不意に終わってしまったのだが。つまり、彼女の姿だけがみられなくなってしまったのである。旦那と子供は居るが彼女は居ないみたいな。なにがあったか知る由もないので憶測とか妄想は控えるが、引っ越しからおよそ半年後にぱったりと姿をみなくなった。
ちなみにその女性と話したこともなく、旦那とも話すこともない。近所の人からの噂というのもない。すべて謎のままである。もう一度いおう、すべて謎のママである。あれ……滑ったかな。
2014年7月17日木曜日
2014年7月14日月曜日
狼の王子
狼の王子 ハヤカワ 新書版HPB クリスチャン・モルク(著) 堀川 志野舞(訳)
先日、本屋で仕入れてきたうちの1冊。以前、本屋で入手しようか迷っていた本。あらすじを読んで、三人の女性の死体、悪魔的な魅力を持つ男、死者の日記、とワードを抽出してみた。
当然のことながら男女間のドロドロが書かれていると推測。読んだことはないが、ハーレクインぽい内容なのかもしれんと思ったのである。男女間のドロドロで、三人の女性の死体だからなあ。わたしの不得意分野だし一度はスルーした。
すこし言い訳。ハーレクインの作品がどんなものだか読んだことがないので想像でしかないが、男女間の性愛・愛憎劇が主な内容だと想像される。これにあらゆる味付けがされているのだろう。かつターゲット層は成人女性全般というところだろう。こういうイメージをハーレクインに抱いている。中らずと雖も遠からずなのじゃないかなあ。
そういうわけで一度はスルーしたものの“狼の王子”というのはなにか幻想的だし、タイトルから“狼の伝承”的なものも書かれいるような感じがする。そのあたりに心惹かれるものもあった。
なにしろ狼である。狼に関しては少なからず思い入れがある。高校3年の1年間は昼休みに図書館に逃げ込んで“オオカミと人間”という本を読んでいるフリをし続けたから。以前にブログ書いているな。わたしの何度かある暗黒時代だ。
それはさて置き、読んでいるフリとはいえ来る日も来る日もなので一通りは読んでいる。そのなかに狼に関する神話とか伝承が記載されていたのは憶えている。
狼は時代、地域により扱われかたが様々で悪魔的であったり英雄的であったり、それらが混ざったりして興味深かった。そんなこんなで迷ったすえに入手してみたわけである。
だいぶ前フリが長かったが、本題の感想的なもの。前フリで推測したように“男女間のドロドロ(男女間の性愛・愛憎劇)”“狼の伝承”はそれはそれはタップリ詰まっていた。
わたしが苦手だなと懸念していた“男女間のドロドロ”はあったが、わたしの懸念は作者の筆力により大きく覆された。
事件の真相は日記という形で読者に提示されるのだが、これがみずみずしく赤裸々で日記を書いた者が亡くなっていることを本当に、本当に、残念に思ったほどだ。
この物語は“死者の日記”が大半を占めている。内容はもちろん陰惨だが、これを大きく上回るみずみずしさがある。読んでいてグイグイ引っ張られる魅力がある。“狼の伝承”もなかなかのものである。
物語の大筋は、三人の女性の死体の謎を“死者の日記(複数あり)”でたどることである。ミステリーに“男女間のドロドロ(男女間の性愛・愛憎劇)”という味付けがされている。
それだけにとらわれてはならないと思った。阿呆なわたしが見当違いしていて、お前は全然読めていないといわれるかもしれないが、おそれずに書いてみる。この物語の底流というかテーマにあるのは“法と道徳”である。
悪魔的な魅力を持つ男によりまわりは大混乱、平穏な生活を送っていた人々が巻き込まれ、個々人が持つ“法と道徳”がグニャグニャにゆがんでゆく。この歪みにも着目してみてほしい。とくに叔母さんのゆがみが哀愁を誘うし怖ろしくもある。
それと、この死者の日記を手に入れて真相を確かめる若者が探偵的な役割をはたす。この若者視点で物語の全容がわかる構造となっている。この若者が死者の日記と現実の世界をつなぐ役割をはたして、かつ若者の物語が絡んでいる。
死者の日記(2冊)を寿司(メイン)とするならば、若者の物語はむらさき、わさび、ガリ、あがりのよう印象である。つまり物語を補強・補助する役割になる。
どちらかというと女性のほうが愉しめる物語のような気がする。わたしは男だが、主要の女性キャラにとても魅力を感じた。難解なところはなく読みやすく面白いと思いました。
最後に、死者の日記は2冊だが、さらにもう1冊の日記の存在が……気になる方は本書をお手に取りください。
先日、本屋で仕入れてきたうちの1冊。以前、本屋で入手しようか迷っていた本。あらすじを読んで、三人の女性の死体、悪魔的な魅力を持つ男、死者の日記、とワードを抽出してみた。
当然のことながら男女間のドロドロが書かれていると推測。読んだことはないが、ハーレクインぽい内容なのかもしれんと思ったのである。男女間のドロドロで、三人の女性の死体だからなあ。わたしの不得意分野だし一度はスルーした。
すこし言い訳。ハーレクインの作品がどんなものだか読んだことがないので想像でしかないが、男女間の性愛・愛憎劇が主な内容だと想像される。これにあらゆる味付けがされているのだろう。かつターゲット層は成人女性全般というところだろう。こういうイメージをハーレクインに抱いている。中らずと雖も遠からずなのじゃないかなあ。
そういうわけで一度はスルーしたものの“狼の王子”というのはなにか幻想的だし、タイトルから“狼の伝承”的なものも書かれいるような感じがする。そのあたりに心惹かれるものもあった。
なにしろ狼である。狼に関しては少なからず思い入れがある。高校3年の1年間は昼休みに図書館に逃げ込んで“オオカミと人間”という本を読んでいるフリをし続けたから。以前にブログ書いているな。わたしの何度かある暗黒時代だ。
それはさて置き、読んでいるフリとはいえ来る日も来る日もなので一通りは読んでいる。そのなかに狼に関する神話とか伝承が記載されていたのは憶えている。
狼は時代、地域により扱われかたが様々で悪魔的であったり英雄的であったり、それらが混ざったりして興味深かった。そんなこんなで迷ったすえに入手してみたわけである。
だいぶ前フリが長かったが、本題の感想的なもの。前フリで推測したように“男女間のドロドロ(男女間の性愛・愛憎劇)”“狼の伝承”はそれはそれはタップリ詰まっていた。
わたしが苦手だなと懸念していた“男女間のドロドロ”はあったが、わたしの懸念は作者の筆力により大きく覆された。
事件の真相は日記という形で読者に提示されるのだが、これがみずみずしく赤裸々で日記を書いた者が亡くなっていることを本当に、本当に、残念に思ったほどだ。
この物語は“死者の日記”が大半を占めている。内容はもちろん陰惨だが、これを大きく上回るみずみずしさがある。読んでいてグイグイ引っ張られる魅力がある。“狼の伝承”もなかなかのものである。
物語の大筋は、三人の女性の死体の謎を“死者の日記(複数あり)”でたどることである。ミステリーに“男女間のドロドロ(男女間の性愛・愛憎劇)”という味付けがされている。
それだけにとらわれてはならないと思った。阿呆なわたしが見当違いしていて、お前は全然読めていないといわれるかもしれないが、おそれずに書いてみる。この物語の底流というかテーマにあるのは“法と道徳”である。
悪魔的な魅力を持つ男によりまわりは大混乱、平穏な生活を送っていた人々が巻き込まれ、個々人が持つ“法と道徳”がグニャグニャにゆがんでゆく。この歪みにも着目してみてほしい。とくに叔母さんのゆがみが哀愁を誘うし怖ろしくもある。
それと、この死者の日記を手に入れて真相を確かめる若者が探偵的な役割をはたす。この若者視点で物語の全容がわかる構造となっている。この若者が死者の日記と現実の世界をつなぐ役割をはたして、かつ若者の物語が絡んでいる。
死者の日記(2冊)を寿司(メイン)とするならば、若者の物語はむらさき、わさび、ガリ、あがりのよう印象である。つまり物語を補強・補助する役割になる。
どちらかというと女性のほうが愉しめる物語のような気がする。わたしは男だが、主要の女性キャラにとても魅力を感じた。難解なところはなく読みやすく面白いと思いました。
最後に、死者の日記は2冊だが、さらにもう1冊の日記の存在が……気になる方は本書をお手に取りください。
2014年7月10日木曜日
ガニメデ支配
ガニメデ支配 創元 フィリップ・K・ディック/レイ・ネルスン
先日、本屋で仕入れてきた小説である。ディックの翻訳本はかなり所有していると思う。現在段ボールの中なので確認は出来ない。所有するディックの小説の大半は随分昔に読んでいる。『高い城の男』といくつかは未読だ。
一時期はディックにハマっていた。同時期にハマっていたのが村上春樹。春樹は『ノルウェイの森』の手前でまるで興味が無くなってしまった。その当時は春樹とディックに何かしらの共通性があるように感じていたなあ。記憶の彼方のことなのでどのあたりがそう感じたのか不明なのだけれども……ただ強い中毒性があったな。今になって思うと、春樹は中二病的な麻疹的な感じがする。ディックの中毒性は、煙草に似ているかな。完全に毒の中毒性である。
今回、久しぶりのディック。『ガニメデ支配』を読んだ印象は、ライトノベルだな。例えていうと、菊池秀行氏が書いたソノラマ文庫のエイリアンシリーズである。これはわたし的にはかなり正しい例えになる。菊池秀行氏がこれを読んだら驚くレベルだと思われる。読んでいて終始それだけが想起されたのはわたしだけだろうか。
先日、本屋で仕入れてきた小説である。ディックの翻訳本はかなり所有していると思う。現在段ボールの中なので確認は出来ない。所有するディックの小説の大半は随分昔に読んでいる。『高い城の男』といくつかは未読だ。
一時期はディックにハマっていた。同時期にハマっていたのが村上春樹。春樹は『ノルウェイの森』の手前でまるで興味が無くなってしまった。その当時は春樹とディックに何かしらの共通性があるように感じていたなあ。記憶の彼方のことなのでどのあたりがそう感じたのか不明なのだけれども……ただ強い中毒性があったな。今になって思うと、春樹は中二病的な麻疹的な感じがする。ディックの中毒性は、煙草に似ているかな。完全に毒の中毒性である。
今回、久しぶりのディック。『ガニメデ支配』を読んだ印象は、ライトノベルだな。例えていうと、菊池秀行氏が書いたソノラマ文庫のエイリアンシリーズである。これはわたし的にはかなり正しい例えになる。菊池秀行氏がこれを読んだら驚くレベルだと思われる。読んでいて終始それだけが想起されたのはわたしだけだろうか。
2014年7月7日月曜日
ボディーイメージ
先日、YouTubeで“特命リサーチ”というのを暇つぶしにみた。この番組はオカルト的現象などを科学的な切り口で検証する。というもの。
わたしはこういう切り口が合っている。幽霊とかUFOとかそういう現象を鵜呑みにしたくないタイプなのである。だいたいUFOとは“未確認な飛行する何か”なのだからね。大半の方はそれをわかった上で楽しんでいるので興ざめすることをここでうだうだ書くつもりはない。
本題は『ドッペルゲンガーの正体を調査せよ』というもの。この回の結論としてドッペルゲンガーの正体は、ボディーイメージという身体的感覚が狂ってしまうということにあるらしい。
もう少し詳しく書くと、脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域がボディーイメージを司るらしい。片頭痛持ちの方に多いということを科学的に検証している。それ以外に説明が付かない現象もあるがこれは追って報告するとしている。じつにスマートな番組構成である。
わたしが興味をもったのは、ドッペルゲンガーではなく、ボディーイメージの方である。誤解のないように書くとダイエットで必要とされている、なりたい自分のボディーイメージではない。自分自身の身体的感覚の方である。ただ、ダイエットのそれもまったく別物であるとも言い切れなく、大きなくくりでは同カテゴリーに入るものなような気がする。
自身の肉体と脳が作り出すボディーイメージがきちんと合っている場合は日常生活に困ることはない。そもそもボディーイメージそのものを知らなくても脳が勝手に機能しているのだから問題ない。
ボディーイメージそのものについての学術的なものは阿呆なわたしが書けるものではない。わたしが面白そうと思ったことをつらつら書いてみようと思う。
ボディーイメージはなくてはならない脳の機能だと思われる。“箪笥の角に足の小指をぶつけて痛い”というのは誰しも経験したことがあるでしょう。これは小さなボディーイメージのエラーということになる。舌先を誤って噛んでしまうとかもこれに当たる。これに類することは意外に多いように思う。
優れたボディーイメージもいろいろあるな。わたしには出来ないことだが、PCのブラインドタッチなんかはこの潜在能力によるものの代表なのだろう。編み物とかサーカスの曲芸とかそれは枚挙にいとまがないことと思う。
優れたボディーイメージ(潜在能力)をいろいろ考えていたらこの能力は訓練で鍛えることが可能だということが推測できる。ただしボディーイメージだけでは無理なことも多々あり、あくまでも人間の能力の一部と捉えるのが自然だろう。
あとこのボディーイメージについておそらく関連するのは、自転車とかオートバイとか車の運転だと思う。運転はボディーイメージを訓練・経験によって拡張しているということになる。つまり機械を自身の肉体の延長として操れるのはこの能力のおかげなのだろう。訓練された熊が自転車をこいで運転したり、猿がボールに乗って曲芸したり、犬がスケボーを操ったりしていることから分かるように人間だけが拡張できる能力ではないようだ。
身体障害者の方もボディーイメージの延長する能力を使っている場合があるな。下半身不随の犬も車輪を利用したり、イルカの尾をゴムで代用しているというのもこれに当たるな。
もう少し高度なものもあるな。機械の遠隔操作。ラジコンとかね。これもおそらくボディーイメージの延長になると思う。
SF小説などにも具体的にはパッとは思いつかないけれど、この手のアイデアがたくさんあるよね。
つらつら書いてみたが……わたしのボディーイメージエラーをひとつ。朝、洗顔していて小指が鼻の穴に突き刺さって鼻血を出した。
優れているであろうボディーイメージは、小学生のころコマで遊んでいて習得したつばめがえしぐらいかな。それと、銭湯で脱衣するときにささっと細工することかな。ささっとなにをするのかは書けません。とほほ。
わたしはこういう切り口が合っている。幽霊とかUFOとかそういう現象を鵜呑みにしたくないタイプなのである。だいたいUFOとは“未確認な飛行する何か”なのだからね。大半の方はそれをわかった上で楽しんでいるので興ざめすることをここでうだうだ書くつもりはない。
本題は『ドッペルゲンガーの正体を調査せよ』というもの。この回の結論としてドッペルゲンガーの正体は、ボディーイメージという身体的感覚が狂ってしまうということにあるらしい。
もう少し詳しく書くと、脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域がボディーイメージを司るらしい。片頭痛持ちの方に多いということを科学的に検証している。それ以外に説明が付かない現象もあるがこれは追って報告するとしている。じつにスマートな番組構成である。
わたしが興味をもったのは、ドッペルゲンガーではなく、ボディーイメージの方である。誤解のないように書くとダイエットで必要とされている、なりたい自分のボディーイメージではない。自分自身の身体的感覚の方である。ただ、ダイエットのそれもまったく別物であるとも言い切れなく、大きなくくりでは同カテゴリーに入るものなような気がする。
自身の肉体と脳が作り出すボディーイメージがきちんと合っている場合は日常生活に困ることはない。そもそもボディーイメージそのものを知らなくても脳が勝手に機能しているのだから問題ない。
ボディーイメージそのものについての学術的なものは阿呆なわたしが書けるものではない。わたしが面白そうと思ったことをつらつら書いてみようと思う。
ボディーイメージはなくてはならない脳の機能だと思われる。“箪笥の角に足の小指をぶつけて痛い”というのは誰しも経験したことがあるでしょう。これは小さなボディーイメージのエラーということになる。舌先を誤って噛んでしまうとかもこれに当たる。これに類することは意外に多いように思う。
優れたボディーイメージもいろいろあるな。わたしには出来ないことだが、PCのブラインドタッチなんかはこの潜在能力によるものの代表なのだろう。編み物とかサーカスの曲芸とかそれは枚挙にいとまがないことと思う。
優れたボディーイメージ(潜在能力)をいろいろ考えていたらこの能力は訓練で鍛えることが可能だということが推測できる。ただしボディーイメージだけでは無理なことも多々あり、あくまでも人間の能力の一部と捉えるのが自然だろう。
あとこのボディーイメージについておそらく関連するのは、自転車とかオートバイとか車の運転だと思う。運転はボディーイメージを訓練・経験によって拡張しているということになる。つまり機械を自身の肉体の延長として操れるのはこの能力のおかげなのだろう。訓練された熊が自転車をこいで運転したり、猿がボールに乗って曲芸したり、犬がスケボーを操ったりしていることから分かるように人間だけが拡張できる能力ではないようだ。
身体障害者の方もボディーイメージの延長する能力を使っている場合があるな。下半身不随の犬も車輪を利用したり、イルカの尾をゴムで代用しているというのもこれに当たるな。
もう少し高度なものもあるな。機械の遠隔操作。ラジコンとかね。これもおそらくボディーイメージの延長になると思う。
SF小説などにも具体的にはパッとは思いつかないけれど、この手のアイデアがたくさんあるよね。
つらつら書いてみたが……わたしのボディーイメージエラーをひとつ。朝、洗顔していて小指が鼻の穴に突き刺さって鼻血を出した。
優れているであろうボディーイメージは、小学生のころコマで遊んでいて習得したつばめがえしぐらいかな。それと、銭湯で脱衣するときにささっと細工することかな。ささっとなにをするのかは書けません。とほほ。
2014年7月1日火曜日
阿呆が『ガラスの鍵』を読んだら
先日読んだ作品である。創元の17版。
読み終わった直後の感想は、なんだかぼんやりしているなあ。という感じ。なにがぼんやりしているかというと、わたしの理解力がである。素直に、率直な感想は、どのへんが傑作なの? である。
この本を入手したのは随分前だ。入手した理由は、わたしが好きな作家ジョー・ゴアズが『ハメット』を書いているので入手だけはしておいたというもの。ちなみにジョー・ゴアズの『ハメット』は読んでもいないし未入手だったりする。
ダーシル・ハメットの名を知らないというわけではない。非常に有名で偉大な作家であるという“知識”はあった。そういうわけで、ジョー・ゴアズが推すハメット。『ガラスの鍵』が面白いであろうことは間違いない事実なのである。
それでも長年読もうとしなかったのは、正確を記すなら、何度か数ページ読んでやめたのは面白くなさそうな予感がしたからだ。必ず解説を先に読むのだが、もうこの時点であまり面白くないと判断していた、と思う。今回読み切ったが、やはり解説を先に読んでも面白そうには思えなかった。
今回は何故読み切ったかというと、手元に未読の本が『ガラスの鍵』とその他数冊の小説しかなく(段ボールには未読の小説が腐るほどある)、なおかつ当日は雨が降っていて仕事を休んで(さぼった)家を出たくなかったので薄めの『ガラスの鍵』を読んで暇を潰そうと思ったというじつにくだらない理由なのである。
その数日前にジョー・ゴアズの『路上の事件』を読み終わっていたといのもほんの少しあるかな。で、最初に書いたような感想になる。
読み終わったので気兼ねなくWEBで感想を読み漁るかな。それでわたしの鈍い頭で足りない成分を補うつもりだった。少し読んで、やっぱりよく考えて、自分なりに面白いと感じるようにしたいなと思った。
自分なりの感想というか面白いと思える前向きなものを書いてみます。というか思ったことなどいろいろ書いてみてようかな。
まずは『ガラスの鍵』を読むまえの前フリ的なこと。前提としてわたしは阿呆である。これは大事なこと。読書は好きだが読書量は多いほうではない。感想は苦手。ミステリーというジャンルはそれほど好みではない。古典とか名作とされるものはほぼ読んだ記憶がない。
リチャード・スタークが大好きである。リチャード・スタークを経由してジョー・ゴアズを知った。ゴアズの作品は4,5冊読んだ。わたし的にスタークが100スキーならゴアズは75スキーだ。ゴアズ経由でハメットを入手、ハメットは今回の『ガラスの鍵』が初読みである。ちなみに今回読んだ『ガラスの鍵』は25スキーぐらいかな。
客観視すると、エンターテインメントしているかしていないかというのがわたしの面白がる基準だと思う。これはとても曖昧な基準だけれどもそういうことになる。
そろそろ本題の『ガラスの鍵』について。念頭においていたのはこの作品がハードボイルドであるということ。ミステリー的には重きをおいていないことである。これは解説にそのように書かれていた。つまりハードボイルドであるということをもっとも気にして読んだということ。
ハードボイルドというと必ず思い出すのは、『ハードボイルドって本当は何なの?』http://www.nsknet.or.jp/~jkimura/jp-tgs/hardboiled-j.html という翻訳家/作家:木村二郎氏のガムシュー・サイトである。これは随分前に読んでハードボイルドについて認識を改めた記憶がある。
もう一度、正確に書くと、『ガラスの鍵』を読むにあたって気にしていたのは“ハードボイルド文体”である。だいたにおいてこのようなことを気にして読んだらまず面白いとはならない。まあしかし、読み方としては間違いではないであろうと思われる。
次に読んでいて一番気になったのは主人公の立ち位置というか軸足というかそういうところ。ハードボイルド文体で書かれているためそのあたりがハッキリしない。というかこれは当然のことになる。読み手が主人公の行動や発言から推測しなくてはならない。
つまるところハードボイルド文体という手法がわたしにはまったく合わないのだろう。まったくというのは言い過ぎかな。ハードボイルド文体に徹しすぎたものには馴染みがないので戸惑ったというべきなのか。とりあえず初日の感想的なものはここまで。
数日後
読み返しなし。主人公はある殺人現場(事後)に出くわして、これを追うというのが話の大筋。犯人を追う当初は自分の利害が大きい。自分の利を回収してもこれを追うことになる。これはめぐりめぐって自分の立ち位置的に利があるから。ただし途中からこの利がほぼなくなっても犯人を追うことになる。こうなると主人公の行動原理が読みづらくなる。
ただしこれまでの主人公の行動、発言から以下のことが読み取れる。彼の発言は嘘偽りが少なそうである。他人の発言を注意深く聞きそれを次の行動の軸にする。というか例えが違う気がするが、わらしべ長者的に他人の発言を利用して真相に迫る。暴力に対して暴力の応酬は少ない。暴力による解決を望んでいないようである。女性に対してドライな感じ。割と人当りがいいようだ。曲がったことがあまり好きではなさそうだ。利用できそうなものは極力利用する(ただし銃の利用はほぼない)。このぐらいかな。
ここまで書いても彼の行動理由がわからない部分もいくつかある。この推測不可なところがもやもやして面白味を感じづらいのかもしれない。それとミステリーに重きをおいていないというところも話に引き込まれづらいということもあるような気がする。
いったんここまでで感想的なもの第2弾終了。この続きは改めて書く。
数日後(感想的なもの第3弾)
読み返してみた。話の筋もわかっているので集中して主人公の心理を推測しながらじっくり読んでみた。
まずは、話の大筋を整理する。組織の身内が容疑者として身柄が拘束されている事件。これと組織のボスが後押しすることになった上院議員の息子が殺害された事件。この二つの事件を追うのがこの話の骨格になる。
主人公の立ち位置は、組織のボスの親友でありアドバイザー。いわゆる正業にはついておらず、本人いわく“賭博師であり政治家のヒモ”である。
組織というとマフィアなどの犯罪組織をイメージするが若干違い、その地域を実質的に支配する権力者組織ではあるが真っ黒な犯罪組織ではなくややグレーな組織。ボスの正業は土建業者の社長である。
主人公の人となりは、組織のボスの右腕であるように、組織の支配する地域のあらゆることに精通する切れ者。
性格はどちらかというと温厚。やや無鉄砲なところあり。暴力による問題解決を好まない。これに付随して銃は基本使わない。ただし必要な場合は最小限の使用はする。
人当りがよく顔が広く、会話が上手くかけひきは得意。女性にも人気があるのは性格にもよるが、おそらく容姿も整っている様子である。服装にもこだわりがあるというのも会話からうかがえる。住んでいる家も豪邸とはいわないがかなりよいし、金に困っている様子はない。
ちなみに明確ではないがニューヨークから流れてきて1年ちょいで現在の地位にいるようであるし、政治の舞台裏にうんざりしているような発言や犯人捜しでのニューヨークでの出来事からも主人公のひととなりがうかがえる。
初読ではハードボイルド文体にてこずって主人公の立ち位置というか軸足(行動理由)がわかり辛いと書いているが、読み直ししてみると、全然そういう感じではなかった。
おそらく主人公の立ち位置による軸足だけにとらわれて主人公の心理というか倫理感を読み切れていなかったため、途中から主人公の行動原理が読みづらくなると初読では感じたのだろう。
読み直しをすると主人公の倫理感が完全ではないがかなり明瞭にわかったような気がしてぼんやりしているという感想はなくなった。
それと解説を読んでも面白そうには感じなかったということをボンクラなわたしが書いていますが、本文を読み直してから再度読んだらとても素晴らしい解説であると思いました。要点がじつに明快に書いてあります。失礼いたしました。
それとこれはわたしの問題なのだが、ななめ読みというか読み飛ばしというか空読みを結構していて、やはり、わたしは、阿呆なのだなと再認識した。
初読では『ガラスの鍵』は25スキーぐらいかな。としているが読み直し後では50スキーに評価が上がった。名作なのに50スキーなのかよという突っ込みがあるだろうが今現在のところはこれが本心だ。
ヘミングウェイに影響されたハメット。ハメットを高く評価している後継のチャンドラー。これは解説に書いてあった。そしたらもっと評価すべきだよと思うが、あいにくわたしは阿呆なので真の意味での理解には及ばないのだから仕方がない。
ここで大きく脱線してもいいかなあ。ハメットさんにも申しわけないし、ハメットファンにも、ミステリーファンにも、いわゆる文学に真面目な方々にも、出版界にも、翻訳者様にも大変、大変失礼いたしました。と、先に謝っておきます。
あのですね、50スキーからもう少し評価を上げる読み方を本当はしていました。わたしの場合はこれで50から65スキーに上がったのです。怒らないでくださいよ。本当に怒らないでくださいね。お願いしますよ。
それは……主人公ならびに登場人物の全員を……擬人化した犬として読んだのです。わーごめんなさい。本物の犬が2匹出てきますがこれは擬人化しない犬としました。犬種に詳しくないので、わたしの脳内ではブルドッグとボクサー犬が多数になってしまいました。猿のようなブルドックも登場しますよ。いひひひ。
ここで犬のみなさんにも、犬スキーの方々にも謝らなければなりませんね。ごめんなさい。ワワンワワン。
追記:よく考えたら擬人化という表現は違うな。擬犬化かな。
読み終わった直後の感想は、なんだかぼんやりしているなあ。という感じ。なにがぼんやりしているかというと、わたしの理解力がである。素直に、率直な感想は、どのへんが傑作なの? である。
この本を入手したのは随分前だ。入手した理由は、わたしが好きな作家ジョー・ゴアズが『ハメット』を書いているので入手だけはしておいたというもの。ちなみにジョー・ゴアズの『ハメット』は読んでもいないし未入手だったりする。
ダーシル・ハメットの名を知らないというわけではない。非常に有名で偉大な作家であるという“知識”はあった。そういうわけで、ジョー・ゴアズが推すハメット。『ガラスの鍵』が面白いであろうことは間違いない事実なのである。
それでも長年読もうとしなかったのは、正確を記すなら、何度か数ページ読んでやめたのは面白くなさそうな予感がしたからだ。必ず解説を先に読むのだが、もうこの時点であまり面白くないと判断していた、と思う。今回読み切ったが、やはり解説を先に読んでも面白そうには思えなかった。
今回は何故読み切ったかというと、手元に未読の本が『ガラスの鍵』とその他数冊の小説しかなく(段ボールには未読の小説が腐るほどある)、なおかつ当日は雨が降っていて仕事を休んで(さぼった)家を出たくなかったので薄めの『ガラスの鍵』を読んで暇を潰そうと思ったというじつにくだらない理由なのである。
その数日前にジョー・ゴアズの『路上の事件』を読み終わっていたといのもほんの少しあるかな。で、最初に書いたような感想になる。
読み終わったので気兼ねなくWEBで感想を読み漁るかな。それでわたしの鈍い頭で足りない成分を補うつもりだった。少し読んで、やっぱりよく考えて、自分なりに面白いと感じるようにしたいなと思った。
自分なりの感想というか面白いと思える前向きなものを書いてみます。というか思ったことなどいろいろ書いてみてようかな。
まずは『ガラスの鍵』を読むまえの前フリ的なこと。前提としてわたしは阿呆である。これは大事なこと。読書は好きだが読書量は多いほうではない。感想は苦手。ミステリーというジャンルはそれほど好みではない。古典とか名作とされるものはほぼ読んだ記憶がない。
リチャード・スタークが大好きである。リチャード・スタークを経由してジョー・ゴアズを知った。ゴアズの作品は4,5冊読んだ。わたし的にスタークが100スキーならゴアズは75スキーだ。ゴアズ経由でハメットを入手、ハメットは今回の『ガラスの鍵』が初読みである。ちなみに今回読んだ『ガラスの鍵』は25スキーぐらいかな。
客観視すると、エンターテインメントしているかしていないかというのがわたしの面白がる基準だと思う。これはとても曖昧な基準だけれどもそういうことになる。
そろそろ本題の『ガラスの鍵』について。念頭においていたのはこの作品がハードボイルドであるということ。ミステリー的には重きをおいていないことである。これは解説にそのように書かれていた。つまりハードボイルドであるということをもっとも気にして読んだということ。
ハードボイルドというと必ず思い出すのは、『ハードボイルドって本当は何なの?』http://www.nsknet.or.jp/~jkimura/jp-tgs/hardboiled-j.html という翻訳家/作家:木村二郎氏のガムシュー・サイトである。これは随分前に読んでハードボイルドについて認識を改めた記憶がある。
もう一度、正確に書くと、『ガラスの鍵』を読むにあたって気にしていたのは“ハードボイルド文体”である。だいたにおいてこのようなことを気にして読んだらまず面白いとはならない。まあしかし、読み方としては間違いではないであろうと思われる。
次に読んでいて一番気になったのは主人公の立ち位置というか軸足というかそういうところ。ハードボイルド文体で書かれているためそのあたりがハッキリしない。というかこれは当然のことになる。読み手が主人公の行動や発言から推測しなくてはならない。
つまるところハードボイルド文体という手法がわたしにはまったく合わないのだろう。まったくというのは言い過ぎかな。ハードボイルド文体に徹しすぎたものには馴染みがないので戸惑ったというべきなのか。とりあえず初日の感想的なものはここまで。
数日後
読み返しなし。主人公はある殺人現場(事後)に出くわして、これを追うというのが話の大筋。犯人を追う当初は自分の利害が大きい。自分の利を回収してもこれを追うことになる。これはめぐりめぐって自分の立ち位置的に利があるから。ただし途中からこの利がほぼなくなっても犯人を追うことになる。こうなると主人公の行動原理が読みづらくなる。
ただしこれまでの主人公の行動、発言から以下のことが読み取れる。彼の発言は嘘偽りが少なそうである。他人の発言を注意深く聞きそれを次の行動の軸にする。というか例えが違う気がするが、わらしべ長者的に他人の発言を利用して真相に迫る。暴力に対して暴力の応酬は少ない。暴力による解決を望んでいないようである。女性に対してドライな感じ。割と人当りがいいようだ。曲がったことがあまり好きではなさそうだ。利用できそうなものは極力利用する(ただし銃の利用はほぼない)。このぐらいかな。
ここまで書いても彼の行動理由がわからない部分もいくつかある。この推測不可なところがもやもやして面白味を感じづらいのかもしれない。それとミステリーに重きをおいていないというところも話に引き込まれづらいということもあるような気がする。
いったんここまでで感想的なもの第2弾終了。この続きは改めて書く。
数日後(感想的なもの第3弾)
読み返してみた。話の筋もわかっているので集中して主人公の心理を推測しながらじっくり読んでみた。
まずは、話の大筋を整理する。組織の身内が容疑者として身柄が拘束されている事件。これと組織のボスが後押しすることになった上院議員の息子が殺害された事件。この二つの事件を追うのがこの話の骨格になる。
主人公の立ち位置は、組織のボスの親友でありアドバイザー。いわゆる正業にはついておらず、本人いわく“賭博師であり政治家のヒモ”である。
組織というとマフィアなどの犯罪組織をイメージするが若干違い、その地域を実質的に支配する権力者組織ではあるが真っ黒な犯罪組織ではなくややグレーな組織。ボスの正業は土建業者の社長である。
主人公の人となりは、組織のボスの右腕であるように、組織の支配する地域のあらゆることに精通する切れ者。
性格はどちらかというと温厚。やや無鉄砲なところあり。暴力による問題解決を好まない。これに付随して銃は基本使わない。ただし必要な場合は最小限の使用はする。
人当りがよく顔が広く、会話が上手くかけひきは得意。女性にも人気があるのは性格にもよるが、おそらく容姿も整っている様子である。服装にもこだわりがあるというのも会話からうかがえる。住んでいる家も豪邸とはいわないがかなりよいし、金に困っている様子はない。
ちなみに明確ではないがニューヨークから流れてきて1年ちょいで現在の地位にいるようであるし、政治の舞台裏にうんざりしているような発言や犯人捜しでのニューヨークでの出来事からも主人公のひととなりがうかがえる。
初読ではハードボイルド文体にてこずって主人公の立ち位置というか軸足(行動理由)がわかり辛いと書いているが、読み直ししてみると、全然そういう感じではなかった。
おそらく主人公の立ち位置による軸足だけにとらわれて主人公の心理というか倫理感を読み切れていなかったため、途中から主人公の行動原理が読みづらくなると初読では感じたのだろう。
読み直しをすると主人公の倫理感が完全ではないがかなり明瞭にわかったような気がしてぼんやりしているという感想はなくなった。
それと解説を読んでも面白そうには感じなかったということをボンクラなわたしが書いていますが、本文を読み直してから再度読んだらとても素晴らしい解説であると思いました。要点がじつに明快に書いてあります。失礼いたしました。
それとこれはわたしの問題なのだが、ななめ読みというか読み飛ばしというか空読みを結構していて、やはり、わたしは、阿呆なのだなと再認識した。
初読では『ガラスの鍵』は25スキーぐらいかな。としているが読み直し後では50スキーに評価が上がった。名作なのに50スキーなのかよという突っ込みがあるだろうが今現在のところはこれが本心だ。
ヘミングウェイに影響されたハメット。ハメットを高く評価している後継のチャンドラー。これは解説に書いてあった。そしたらもっと評価すべきだよと思うが、あいにくわたしは阿呆なので真の意味での理解には及ばないのだから仕方がない。
ここで大きく脱線してもいいかなあ。ハメットさんにも申しわけないし、ハメットファンにも、ミステリーファンにも、いわゆる文学に真面目な方々にも、出版界にも、翻訳者様にも大変、大変失礼いたしました。と、先に謝っておきます。
あのですね、50スキーからもう少し評価を上げる読み方を本当はしていました。わたしの場合はこれで50から65スキーに上がったのです。怒らないでくださいよ。本当に怒らないでくださいね。お願いしますよ。
それは……主人公ならびに登場人物の全員を……擬人化した犬として読んだのです。わーごめんなさい。本物の犬が2匹出てきますがこれは擬人化しない犬としました。犬種に詳しくないので、わたしの脳内ではブルドッグとボクサー犬が多数になってしまいました。猿のようなブルドックも登場しますよ。いひひひ。
ここで犬のみなさんにも、犬スキーの方々にも謝らなければなりませんね。ごめんなさい。ワワンワワン。
追記:よく考えたら擬人化という表現は違うな。擬犬化かな。
2014年6月24日火曜日
2014年6月23日月曜日
目覚めは激痛とともにやってくる
みなさん寝坊してますか? わたしはいつも寝坊しております。
朝は起きたくありません。いつまでも寝ていたい……まあ、そういうわけにもいきませんが……
わたしは毎朝起こされます。猫のキーノ(WEBネーム)に起こされております。まずは鳴いて、つづいておでこを前足でコンコンと……それでもわたしが起きない場合には鼻の穴に爪をひっかけて引っ張りあげます。これは効果的です。はい。
朝は起きたくありません。いつまでも寝ていたい……まあ、そういうわけにもいきませんが……
わたしは毎朝起こされます。猫のキーノ(WEBネーム)に起こされております。まずは鳴いて、つづいておでこを前足でコンコンと……それでもわたしが起きない場合には鼻の穴に爪をひっかけて引っ張りあげます。これは効果的です。はい。
登録:
投稿 (Atom)



