2012年1月25日水曜日

大盛り、卵セットで

ペイントで看板を変えた。自己紹介の絵も変えてみた。








 牛丼屋に行く最近の自分をちょっとデフォルメしてみました。

2012年1月22日日曜日

卵にペーソス?

去年の年末にお客様から卵を20個頂いた。大変ありがたかったが、一人暮らしに卵20個は持て余す。
 そこで、10個だけ頂くことを申し出ると、「せっかく持ってきたのだから食べてくれ」という返答。それはそうだなと思い、どう料理すればいいのか伺うと、あっさり「ゆで卵」という返答。なにやらちょっと古い卵のほうがゆで卵に向いているということらしい。なるほど。
 せっかく頂いた卵なので、早速ゆで卵を作ることにした。10分茹でて、冷水に入れるだけということもお客様から伺っていたのでね。考えたらゆで卵を作ったことがないことに気付いた。
 久しぶりだな、ゆで卵。茹でたてを食べてみた。うまい! といことで毎日4個のゆで卵を食すというのが日課になった。さすがに食べ過ぎのような気がしたので、今は週10個にしている。

 さて、わたしのゆで卵事情は置いておくとして、本屋に良い暇つぶしがないか物色しにいきました。入手したのは下記の2点。
・卵をめぐる祖父の戦争 著者:デイヴィッド・ベニオフ 訳者:田口 俊樹
・ねじまき少女 著者:パオロ・バチガルピ 訳者:田中 一江・金子 浩

 『卵をめぐる祖父の戦争』は面白かった。手に取った理由は、上述の理由により、という実にくだらないものという要因もあるが、説明的なタイトルにほのかな面白味を感じたので。
 内容は、卵をめぐる祖父の戦争です。これ以上に的確な説明はないです。本当に。蛇足として付け足すなら、卵は手段で、目的ではありません。以上。
 訳者あとがきで、“本書の読みどころは言うまでもない。笑いとペーソスだ(抜粋)”と書かれている。まさにそのとおり。笑いとペーソスなのである。笑いとペーソス? なのである。ペーソスって何? なにはともあれ、笑いとペーソスなのである。読めばわかる。ペーソスがぺヤングソースの略ではないことは読めばわかる。待て待て、検索するな。本書を読めば、笑いとペーソスを実感できるから。
 タイトルにも笑いとペーソスがあると思うよ? 光と闇。善と悪。空腹と満腹。創造と破壊。卵と雄鶏。平和と戦争。笑いとペーソス。つまり二元論のような対義語的なものか? ああ、わかった。つまり島田紳助だな。笑いとペーソス。

“本書の読みどころは言うまでもない。島田紳助だ”わけわかめ。

 冗談はさて置き、戦時下における極限状況における笑いはペーソスを誘うのであり、ペーソスだからこそ笑いを誘うということでいいだろうね? 待て待て、検索するなよ。とにかく、『卵をめぐる祖父の戦争』の笑いとペーソスは一級品だから、笑いとペーソス成分が足りていない方にはおすすめです。

2012年1月19日木曜日

ポージングと会話で錬金

銀河ヒッチハイクガイドという小説が好きだったりするわけなのですが、映画も好きだったりします。マーヴィンの鬱ぶりも好きで、マーヴィンのフィギュアが欲しいなあ。と、検索したりしていたのです。だけれども、映画公開から数年経っているので入手は難しそう。
 画像検索で我慢するか。と、検索していたら、白い女性型ロボが検索に引っかかりました。こういうのに興味はなかったけれど、ちょっとだけそのページを覗いてみると……ニコニコ動画が貼り付けてありました。ファイアボール全13話。
 ファイアボール? 聞いたこともない。とりあえず再生……白い女性型ロボのCGアニメ。一話目で引き込まれました。だって、一話目が銀河ヒッチハイクネタなんですもん。アニメは観ないという意思を曲げざるを得ない。観たら……これは傑作だと思いましたね。ディズニーの作品だけれども日本製。
やはり、日本のアニメは面白いんだな。

 ちょっとだけ分析めいたものを書いてみる。
・一話が2分未満。
・CGだけれども、動きが少ない。
・会話とキャラクターのポージングが肝である。

 これだけで面白いアニメを作ることができることに感心した。あえて制約を設けている感じ。例えるなら4コマ漫画。無機質で表情のないロボットに命を吹き込む錬金術だね。これをポージングと会話だけで成し遂げることに素直に驚いた。
 これ、4年前の作品なんだね。まったく全然これっぽちも1mmも知らなかった自分にも驚いた。

2012年1月9日月曜日

続 地獄のエンジニアブーツ

先日、チペワのエンジニアブーツに散々文句を垂れて 、入手して直ぐに革にピュアホースオイルを塗りたくり、手で揉んで揉みしだき、インソールにレッドベッドインソールをチョイスして、もったいないから我慢して履くとしていた件。
 1日おきに履いていたが、甲の痛みは薄らいで、糞重いのにも慣れてきた。というか、重いほうがしっくりする気さえするようになってきた。
 もう今は地獄のエンジニアブーツではない。スニーカーには戻れない気がしてきた。脱ぎ履きも20秒くらいでできるし、ブーツの中で足が遊ぶこともない。もう少し履きなれれば甲の痛みも消えそうである。
 最低ランクだったものが、最高ランクに移行する気配。“地獄のエンジニアブーツ”ではなく、“地獄巡りはエンジニアブーツで”という感じかな。

関連する投稿
エンジニアブーツは愛でてよし、磨いてよし、履いてよし

『エンジニアブーツを磨こう!』

2012年1月7日土曜日

漫画好きが『解錠師』を読んだら萌え画になるのだろうか……

去年は一冊も本を読まなかった。まあ、去年はいろいろあったから……
 精神的余裕もなかったし、独り暮らしを始めて、いまだに本は段ボール箱に詰まって重ねて置いてある状態だしね。

 正月休みは本当に暇だった。テレビは観ないと決めたので購入していないし、ゲームもやらないし、アウトドア的な趣味もないし、パチンコとかはかなり昔に止めたし、つまり寝ているぐらいしか暇潰しがない。
 そんなこんなで、久しぶりに本を読んでみるかと思い立ったわけ。段ボール箱を引っ掻きまわせば未読の本がいくらでもあるのだが、面倒くさい。そこで久しぶり本屋に足を運ぶことにした。
 購入したのは、以下の4冊。

・解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕(HPB)著者:スティーヴ・ハミルトン 訳者:越前敏弥
・霧が晴れた時(角川ホラー文庫―自選恐怖小説集) 著者:小松左京
・幻夢の時計(タイタス・クロウサーガ) (創元推理文庫) 著者:ブライアン・ラムレイ 訳者:夏来健次
・天獄と地国(ハヤカワ文庫JA)著者:小林泰三

 どれも良い暇潰しになった。ジャンル的に好きなのは、SF。あんまり読まないけどたまに読むのはミステリーかな。純文学とかは読まない。
 それで、今回読んだ中でも面白かったのは解錠師だった。ということで、感想みたいなモノを書いてみる。感想になってないんだけどね。

 解錠師のカタルシスっていうのは言うまでもなく鍵を使わないで解錠することにある。一般人ではなかなか味わえる感覚ではない。これに似た一般人でも味わえるカタルシスを考えてみた。知恵の輪かな。それも難易度が高ければ高いほど得られるカタルシスが大きいというのも似ていると思われる。
 主人公は背徳の技術を修得する。まずは独学で。それからやむにやまれぬ事情により金庫を解錠する訓練を積む。で、プロの解錠師になるわけ。
 それと、主人公は絵を描くのが好きでセンスがあるわけ。主人公はある人とのコミュニケーションに絵を使うことにした。ただの絵ではなく、漫画にすることにした。これもやむにやまれぬ事実があってのこと。彼は幼少にある事件に巻き込まれて、しゃべることが出来なくなってしまったんです。

 ちょっと脱線。わたしは漫画を久しく読んでいない。アニメとかも全く観ない。理由は、小説に比べて想像力が規制されるから。二十歳前後で意識的に断ち切ったもの。漫画的なものやアニメ的なものが嫌いというわけでは無い。現在も意識的に排除している。ごくまれに強烈な欲求に見舞われるが、昔観たり読んだりしたのを記憶から引っ張りだして何とかしのいでいる。つまりやせ我慢している状態。こういう状態を十年以上続けている。良いのか悪いのか分からないが、一度決めてしまって十年以上経つと、この状態を維持することの無意味さも分かるが、ここまでくると意地でも読んだり観たりするつもりがない。
 弊害がないわけではない。たまに困ることもある。例えばこういう一文をツイッターで目にしたとき。“ガンダムの最終回のアムロみたいな気分です(抜粋)”前後の文面でおおよその推測はできるのですが、正確なニュアンスはわたしには伝わってこない。というかアムロって死んだんじゃなかったの? というトンチンカンぶり。まあ、実生活での真の意味での弊害は無い。

 話を戻すと、物語は主人公の刑務所での回想から始まる。回想には二つの時間軸があり、徐々に徐々にこの時間軸が近づいて、最後には主人公が回想を始めた刑務所に戻る。
 主人公は美術的なセンス(漫画も)と、解錠師の技を併せ持つことになる。そして過去の忌まわしい事件によりしゃべることができない。それとバイクを駆る快感を知っている。おまけにちょいイケメン。ひょんなことから少女に出会う。それから少女を救うためにゴーストという人物に背徳の解錠師の訓練を受けることになる。漫画は少女とのコミニケーションとして活用される。プロの解錠師になって少女を救うことができるが、主人公は犯罪の泥沼にはまり込んでしまい……というのが大筋。
 
 わたしは感想を書くのは苦手なので、これじゃまったく伝わらないな。夕方から読み始めて、午前4時45分まで……最後のページまで、暖房無しで台所の換気扇を回しながら、煙草とコーヒーを飲みながら読み切った。面白かった。
 この物語では、漫画というコミニケーションは結構重要な要素だったりする。だから、わたしとは逆に、漫画は読むけど小説は読まないという人にも読んでもらいたいなあと思ったりした。人によって漫画の描写の部分は大きく異なるイメージになるんだろうな、などと想像するとこれまた面白い。漫画家が描いてみたものもみてみたい気もする。いや、絶対に観たり読んだりしないんだけれども。
 漫画は日本の文化だという意見もある。わたしもそう思うこともある。だけれども漫画にしろアニメにしろ蔓延し過ぎのような気がしないでもない。一人ぐらい右へ倣えしない偏屈が居たっていいだろう? だけれども漫画を否定はしない。漫画を我慢しているだけ。絶対に読まん。WEBの4コマ漫画とかぐらいはたまに読むけどな。ごめん嘘ついた。でも基本姿勢は変えたくないと思っている。